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おけら火 

 新春の雑煮は、京ではおけら火でたく。おけらの火だねは、大晦日の夜、八坂の祇園社の社頭でもらうのである。

司馬遼太郎,『壬生狂言の夜』)



 白朮(おけら)と書くそうです。

 京都のこういう風習も知らないし、おけら火がどんなものなのかも知らないけれど、こういうきれいな言葉は、辞書やネットで調べてはいけない言葉だと思います。

 おじいちゃんに聞くべき言葉です。おじいちゃんがいなければ、居酒屋で年寄りを探して聞きましょう。身近に聞ける人がいる人は、とてもラッキーです。

 いつか京都に行ったとき、宿のおかみさんに聞こうと思います。


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[ 2007/12/30 12:02 ] 文化・伝統 | TB(0) | CM(0)

瓜実顔(うりざねがお) 

 公家出身の三条実美は一見婦人のような瓜実の顔をもち、小柄で撫で肩で、
「左様なことはごわへんな」
 というように、ささやくような京言葉をつかう。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


現実に身の回りで、誰が瓜実顔で、誰が瓜実顔でないのか、判断する自身がない。
比較的たてに長い顔はみんな瓜実顔でよいのか?
でもジャイアント馬場は瓜実顔とは言わないような気がする。
基本的に、女性に対する誉め言葉として使う、でよいのか。


[ 2007/12/29 16:58 ] ナイスな人 | TB(1) | CM(2)

丹前(たんぜん) 

まずは丹前、浴衣から、

(平素人氏のコメントより)



丹前、どてら、半纏、羽織、といったものがモヤモヤとしたイメージとなって、頭の中に渦巻いていました。

半纏は以前よく着ていました。コタツに入ったとき、背中が寒い為に着るもの、と理解して良いかと思います。

丹前とどてらについては、以前参考にさせて頂いた早坂伊織さんのブログに、まさにこの記事が載っていましたので、また勉強させて頂きました。
→早坂伊織の”着物魂”

丹前は、昔の剣客である丹下作善左膳と何か関係があるのではないかと思っておりましたが、一切関係ありません。無くなった家の祖父が着ていたのを、なんとなく覚えています。ちなみに、母親に聞いてみたところ、前と前にアクセントを置くのは誤りで(ベンゼンのように)、丹と後ろにアクセントを置くように注意されました。


[ 2007/12/28 13:23 ] 衣装・人のなり | TB(0) | CM(5)

籬(まがき) 

あるいは将軍や大名の奥むきで用いられたかもしれないが、ただの士農工商の者が見ることができるのは吉原の大籬においてだけである。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



  大籬(おおまがき)

 「お座敷」のことです。たぶん。


 
[ 2007/12/28 12:35 ] 建築 | TB(0) | CM(0)

榻(とう) 

 「庭に出ていてくださらんか」
 といって、築山の松の木の下に陶製のを置いた。千恵は何も反問せず築山にのぼり、だまって腰をおろした。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



なんでしょうね。まず椅子のようなものだと思いますが、とても難しい字を書きます。



です。変換するのが大変でした。「お宝鑑定団」なんかに出てきそうな感じです。

[ 2007/12/28 12:09 ] あまり見かけない物 | TB(0) | CM(0)

兵児帯(へこおび) 

 桐野利秋はぐるりと兵児帯を巻きつけると、
「飯ゅ、食っていかんか」
 と、川路のほうへむいた。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



兵児帯(前からみたところ)
兵児帯(前)
(出典:「男のきもの大全」,帯の結び方)

兵児帯(後ろからみたところ、双輪(もろわ)結び )
兵児帯(後)
(出典:「男のきもの大全」,帯の結び方)


 画像は「男のきもの大全」を運営される、早坂伊織氏の許可を頂いて掲載しました。こちらのサイトでは、きものの帯の結び方や、和装アイテムなどについての、非常に詳しい説明があります。
 「兵児帯」に対する帯として「角帯」というものがあり、こちらの方がむしろ一般的なようです。角帯はその名の通り硬く、あらかじめ帯の幅が決まっているのに対し、兵児帯は素材が柔らかく、着けた後に帯幅を自由に調整できるという利点があるそうです。
 ちなみに早坂氏の場合は、逆にその柔らかさがしっくりこないという理由から、兵児帯はあまり着けないとのことです。

 最近では女性の間でも、「浴衣に兵児帯」というのが流行っているようで、画像検索すると、とても華やかな兵児帯姿が多く目にとまりました。

 なんだか、きものもカッコいいですね。着てみたくなりました。


男のきもの大全
[ 2007/12/23 16:30 ] 衣装・人のなり | TB(0) | CM(4)

つくばい 

 雨が、つくばいのそばの三本の楓を濡らしている。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



・・・、岩倉はつくばいの水で手を洗わず、いきなり顔を洗った。
 その動作が、座敷からみえる。大久保はおどろき、
「-それは」
 お顔を洗うべき水ではない、という旨のことをいおうとしたが、大久保の寡黙の習慣がそれを言わせなかった。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)

[ 2007/12/22 14:58 ] あまり見かけない物 | TB(0) | CM(0)

昼行灯(ひるあんどん) 

・・・、左内が井伊直弼の弾圧政治で刑殺されてしまうと、春嶽は昼行灯のようになった。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



昼の行灯は役に立たない、というわけか。ふむふむ。
[ 2007/12/22 14:43 ] 表現・言い回し | TB(0) | CM(0)

野狐禅(やこぜん) 

禅はこの世を仮宅であると見、生命をふくめてすべての現象はまぼろしにすぎず、かといってニヒリズムは野狐禅であり、宇宙の真如に参加することによってのみ真の人間になるということを教えた。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



「野狐禅」というフォークバンドもあるらしい。
[ 2007/12/22 14:38 ] 宗教・哲学 | TB(0) | CM(2)

魑魅魍魎(ちみもうりょう) 

 前者は大隈のような近代主義的な国権確立論者からみれば魑魅魍魎の集団としかおもえない。魑とは山の神で、顔はトラである。魅とは沢の神で、顔はイノシシである。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


魑魅魍魎

これは、現代日本の必須用語なので、小学校で教えるべきである。
荻野真氏の『孔雀王』を読めば、すばらしいイラストが載っている。
[ 2007/12/17 07:56 ] 神さま・仏さま | TB(0) | CM(1)

手弱女(たおやめ) 

 政治的に物事を処理できるような能力は皆目なかったが、しかし手弱女ぶりのしんがつよく、従って節操という点では幕末から維新にかけて世間で浮沈したいかなる英雄豪傑どもよりも信頼するに値する人物であった。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


たおやめ、という語感がよい。
奥さんにするなら、瓜実顔の手弱女である。
[ 2007/12/17 07:40 ] ナイスな人 | TB(0) | CM(0)

神算鬼籌(しんさんきちゅう) 

 幕末、かれは大薩摩藩の力を背景に京都で神算鬼籌の革命戦略を遂行させ、ふりかえってみれば魔法であったかと思われるほどに誤算がなく、あざやかに旧勢力をくつがえして新政権をつくりあげた。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


神算鬼籌
拡大しないと読めない。
[ 2007/12/16 10:26 ] 難しい読み・漢字 | TB(0) | CM(0)

磊々落々(らいらいらくらく) 

「薩人は朴直(正直)にして淡泊なり。そのなすところも、大概、磊々落々として、公正を失はず」
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


磊々落々、磊落。
たまには四字熟語も。
[ 2007/12/16 10:16 ] 難しい読み・漢字 | TB(0) | CM(0)

轅(ながえ) 

川路は西郷の巨体を考え、をひっぱる車夫と、あと押しをする車夫を待機させた。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


[ 2007/12/16 10:08 ] 乗り物 | TB(0) | CM(0)

韮山笠(にらやまがさ) 

頭に日本の韮山笠のようなかたちの布製のものをいだき、肩には小さなマントをひっかけ、腰には鉄鞘のサーベルを佩びていた。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)

[ 2007/12/16 09:58 ] かぶり物 | TB(0) | CM(0)

鎧戸(よろいど) 

 宿は、静寧川にかかる阿爾嗎橋の近くにあり、鎧戸が立派であるほかは全体が古ぼけた四階建てであった。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


[ 2007/12/16 09:52 ] 建築 | TB(0) | CM(0)

タチンコンメ 

 ところが大久保はこの川路の案件に対し、
タチンコンメ
 という超最大級の採決をあたえた。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


「ぐずぐずせず、いますぐやる」という場合につかう薩摩言葉。「太刀の来ぬ前」という意味、とのこと。
[ 2007/12/14 08:47 ] 方言 | TB(0) | CM(0)

西郷(せご)どん 

要するに大将というだけで、西郷の名前をいわなくても通用した。
西郷どんな?」
 川路がつぶやき、露骨に不快な表情をしたのは、沼間や河野の予想どおりだった。薩人にとって西郷という名前は異様な電磁力を帯びている。

司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)



 せごどん
せごどん1


 せごどん
せごどん2


 入浴するせごどん
せごどん3


 入浴するせごどんのアップ(男前)
せごどん4
[ 2007/12/11 18:33 ] 方言 | TB(0) | CM(0)

布衣(ほい) 

その服装は江戸幕府の正式の礼装である。三人の使節は狩衣に烏帽子を頂き、腰には鞘巻きの太刀を佩いていた。随行員の長である外国奉行支配組頭柴田貞太郎は布衣に烏帽子でふとった腰を鞍の上にすえ、ほかは熨斗目上下姿で騎行した。
司馬遼太郎,『翔ぶが如く』)


 時代小説を読んでいると、こういった昔の装束なんかの描写がよく出てくる。詳しい人が読めば、こんな表現に出会ったとき、ありありとイメージが頭の中に浮かんできて、まるで自分がその時代にいるかのような気分を味わえるんだろうなと、うらやましく思う。

 私などは、狩衣に烏帽子、布衣に烏帽子、熨斗目裃なんて言われても、なんとなくテレビで見た時代劇の光景がモヤモヤと頭の中に浮かぶだけである。

ただ、そのモヤモヤの中に、時間の隔たりというか、非現実感、非日常感みたいなものがあって、なんというか、心地よさを感じる。

 狩衣とか布衣とか、この小説を読んでいく上ではさして重要ではない言葉だと思うけれど、「ほい」という読み方が面白いので拾ってみた。

[ 2007/12/11 17:03 ] 衣装・人のなり | TB(0) | CM(3)

荒神さま 

 荒神さまといえば、とにかく神であろう。神ならばなにごともみとおしな筈であるのに、窓から捨てられた湯や茶がよけられず、ひっかけられてから怒って罰を当てる、というのはだらしのないはなしである。
山本周五郎,『ひとごろし』)


 家のまわりではいつも荒神様が見廻っているから、窓から湯茶を捨ててはいけない。
[ 2007/12/09 16:57 ] 神さま・仏さま | TB(0) | CM(2)
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